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水炊き(2006)

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博多の名物鍋「水炊き」は中国料理と西洋料理がヒントになって誕生

北風が吹き始めて、寒くなってくると、食べたくなるのが鍋料理です。福岡・博多で鍋というと、若者は「もつ鍋」を思い浮かべ、博多に長く暮らしている者は「水炊き」を思い出すことでしょう。   「博多の文化の特長は、よそから来たものをうまくアレンジして、あたかも自分のところの特産みたいにしてしまうことですね。料理だってそうです」と語っていたのは、博多町人文化連盟の初代事務局長で風俗史研究家の帯谷(おびや)瑛之介さん(故人)です。   実は典型的な日本料理だと思われている博多の名物料理・水炊きは中国料理と西洋料理がヒントになっているそうです。水炊きの老舗「水月(すいげつ)」(現在、中央区平尾3丁目に本店あり)の創始者・林田平三郎さんが考案した食べ物といわれています。長崎に生まれた林田平三郎は15歳で香港に渡り、英国人の家庭に住み込んで洋食の勉強をしたとか。帰国後、そこで習得した西洋料理のコンソメと中国料理の鶏の水煮をあっさりしたスープ仕立てにして、季節の野菜やうどん、餅、最後は雑炊にまで広げて日本の味にしてしまったのです。これを1905(明治38)年、福岡に持ち込んで「水月」の看板を上げたのが始まりだといわれます。別名・博多煮とも呼ばれて博多から全国に広まっていきました。   福岡・博多における水炊きの食べ方は、まず鶏の旨味が凝縮したスープだけを器に入れ、福岡特産の細いネギ・コウトウネギを薬味として味わいます。それから鶏を食べ、白菜またはキャベツ、豆腐に春菊、キノコ類を鍋に入れて柚子やスダチ、ダイダイなど柑橘類の汁を搾り、醤油、ユズごしょうなどを加えていただきます。博多では冬だけではなく、1年を通して食卓にのぼる鍋料理です。   帯谷さんは「遣唐使以来、鎌倉時代に大阪の堺が港町として登場するまでの500年間、外国から来た文化は、まず博多に上陸していたわけで、食べ物や料理も博多から伝来しました」といいます。   遣唐使は630年から894年までのあいだに、十数回派遣されています(回数については諸説あり)。いずれも、大阪湾を出発した後に博多湾に寄港し、その後に旅立ったとか。帰国の際も博多に上陸して帰っていきました。その後も長く博多は日本における海外の窓口だったのですから、料理も大陸の影響を受けているのは当たり前ですね。

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